Kesha(ケシャ)『 Praying(プレイイング)』

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敵対する相手にさえ平和を祈れるほど、強くなった私。

2017年10月14日号のbillboard The HOT100 第24位(12週チャートイン・最高位 第22位)



記事を書く前に、まず10月1日にラスベガスで起きた銃乱射事件の犠牲者や負傷者の皆様に心から哀悼の意を表します。
カントリーミュージックの祭典「Route 91 Harvest Festival」の開催中に起き、音楽を愛する人々がこのような痛ましい事件に巻き込まれたことに、ただただ胸が痛みます。


今回は、困難に負けない祈りをたくましく美しく描いた一曲、Kesha(ケシャ)の『 Praying(プレイイング)』 をおすすめします。




ケシャといえば、長年彼女のプロデューサだったドクター・ルークから精神的・肉体的・性的暴力の被害を受け、レコード会社との契約解除の訴訟を起こし。
その影響で摂食障害も患い。
2014年には治療のため、リハビリ施設に入所し、音楽活動も休止せざるをえなくなるという大変な状況になります。


結局確たる証拠がないことや、レコード会社はケシャに約67億円も投資していたことなどから契約解除は認められず、敗訴という結末になり、まだまだ裁判は続くようですが。


テイラー・スウィフトが裁判費用を寄付したり、レディ・ガガやデミ・ロヴァート、リリー・アレンやアデル、アン・ハサウェイやリース・ウィザー・スプーン、人気プロデューサーのジャック・アントノフやZEDDなど、国境や職種、性別を越えて、多くのサポートを得て、ケシャは闘っています。




自信と味方を得たからこそ強くなり、相手に本当の平和とは何かを問うケシャの祈り



この『Praying』は、マックルモアとのコラボでも知られるライアン・ルイスとの共作。


全歌詞を読むと、おそらく自分と同じように困難と闘っている人々に向けたメッセージソングかつ、敵対しているドクター・ルークに対する思いも含んでおり。


Well, you almost had me fooled
(そう あなたは私をだましかけた)
Told me that I was nothing without you
(あなたなしでは何者にもなれないと言って)
Oh, but after everything you've done
(あぁ すべてが終わった後なら)
I can thank you for how strong I have become
(こんなに私を強くしてくれてありがとうと言える)

という歌詞から始まり、サビでは、


I hope you're somewhere prayin', prayin'
(あなたがどこかで祈っていると願っているわ 祈っていると)
I hope your soul is changin', changin'
(あなたの魂が変わりつつあると願っているわ 変わりつつあると)
I hope you find your peace
(あなたが自分の平和を見つけられたらと願ってる)
Falling on your knees, prayin'
(あなたが膝をついて祈っていると)

と、自分の力で困難をくぐり抜け、信頼できる味方を得て、精神的にとても強くなったケシャが逆に敵対している相手を哀れむぐらいの余裕と慈悲を表現しています。


そのたくましくなった様子は、2番の歌詞に如実に表れ。
I'm proud of who I am
(自分を誇りに思ってる)
No more monsters, I can breathe again
(もう怪物はいないし また息もできる)
And you said that I was done
(あなた言ったわよね 私はもう終わりだって)
Well, you were wrong and now the best is yet to come
(そう あなたは間違ってるし、まだまだこれからなのよ)
'Cause I can make it on my own
(だって私自身で成し遂げてゆけるから)
And I don't need you, I found a strength I've never known
(あなたなんて必要ないし 今まで気付けなかった強さも分かった)
I'll bring thunder, I'll bring rain, oh-oh
(雷だって 雨だって降らせられる)
When I'm finished, they won't even know your name
(終わってしまえば、誰もあなたの名前なんて覚えていないの)




怒りを表現した後に、癒しや許しが訪れる?日本とアメリカの文化的な違い。



エモーショナルながらも、わざとらしく押しつけがましくなく聞こえるのは、音楽が荘厳で美しいバラードだから。
どこかスピリチュアル的で、ケシャがこの歌を通して、すべての人々に真の意味での平和を見出せるよう願う気持ちの方が伝わってくるからではないでしょうか。


文化的に日本は「人を恨んではいけない」という風潮が暗黙の了解ではありますが。
アメリカの音楽を聴いていると、そうした感情をパワーにして前進してゆく風潮がありますね。
最近おすすめしたデミ・ロヴァートの『Sorry Not Sorry』も、そういった志向の歌でしたね。
でも、正しい怒りを抑圧するより表現する方が生きてゆくうえで必要だと思いますし、きちんと怒った後に、この歌のような癒しや許しが訪れやすくなるのではないでしょうか。


MVではモノクロのシーンとカラフルな岩山や青空とのコントラストを効果的に使い。
奇抜な衣装やメイクを身にまとってはいるのですが、そうした現実離れした演出が「希望」を浮き彫りにしている印象を受けます。


素晴らしい楽曲を作り、歌い、勇気を与えてくれるケシャにも、怯えなくていい平和な日々が訪れることを願ってやみません。








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